対象敷地は、名古屋市近郊の市街化調整区域にある既存宅地で、周囲では、開発業者による一体開発が随時進んでいる。施主は、そこに長年住んでいる定年間際の夫婦とその母で、敷地には当時施主が暮らす築50年の木造住宅が建っていた。求められた要件は、現状以上の大きな延床面積の確保とプライバシーのある各個室であった。
当初は、建て替えも視野に入れての依頼であったが、既存住宅の調査の際に感じた違和感からこの住宅計画は始まった。既存住宅の天井裏を覗くと、そこには暗く大きな空間が広がり、今では滅多に見ることのできない立派な梁組みがひっそりと鎮座していた。1階の住空間に対して、頭上にある暗く大きな容積を持った閉じた空間は不釣り合いで妙だった。周辺で起こる営利的で急速な開発と長年そこにあったものの価値。町並みが変わることは悪ではないが、単に残すでもなく、更新する訳でもない長時間そこにあったものが有するエスプリの最大化をもって、都市のスクラップアンドビルトに対する1つの解を提示する。
具体的には、1階と天井空間を隔てる天井面を‘境界’とみなし、1階・天井空間・境界から成る構成をこの住宅の骨幹として引き継ぎ、各々のつくり方に変化を与えることで三者の新たな関係性を生み出すことを考えた。まず、既存の木造平屋住宅の軸組だけを残して部分解体した後、新たな境界となる箇所の柱間に梁を挿入し、面を張る。構造的には、この新たな境界により水平構面をつくったことで、既存柱の座屈長さ及び風圧力に対する部材長を短くすると同時に、中間階の地震力を外周部に伝達する耐震補強の機能をもつ。
■天井空間における境界(床)
天井空間は、境界(床)と既存の屋根・梁組みの関係性によって出来上がる。
屋根と梁組みは既存の高さのままであるが、新たな境界(床)の設定により、手の届く存在となり、間仕切りや家具のようにも感じられ、単なる屋根・梁以上の意味が拡張される。天井空間には、壁は存在せず、梁によって空間のまとまりを計画した。そこに具体的な部屋名は無く、求められた床面積を満たすように柔軟に振舞うことが可能であり、趣味、友人や親戚の招待、収納等、1階では収まりきらない生活の拡張、補填を担う。また、外部に面する四周を隣家の屋根の高さで開口とすることで、プライバシーに配慮しながらも、外部からの光と風を1階へ届けている。逆に内部からは、天井裏の高さで町に対して開くことで、過去に圧倒的に閉じられていた空間が、町との適度な距離感を生む。
■1階における境界(天井)
1階には、施主の要望であるプライバシーの保たれた個室などを配置している。各部屋は、既存の柱を包括するように壁を設定し、要求機能を満たした。内外のつながり、プライバシー、通風、採光等についての注意深い観察により、各部屋上部の境界(天井)にそれぞれ異なる大きさの開口を設け、1階の住環境を補填する。
本プロジェクトでは、元よりそこに存在したが、天井の面としてしか認識されていなかったものを‘境界’とし、過去に裏だった天井空間をオモテに出すことで新たな定義を与えた。設定した境界により、天井空間と1階の諸室は、相互補填の関係へと昇華する。また、オモテとなった天井空間が、住戸内部だけでなく、町並みにも急激でないゆるやかな関係性の変化を与える。これは、旧耐震基準の木造平屋住宅と急激に進む郊外の敷地状況を注意深く読み取り、レガシーとして新たな住環境を作ることを試みたプロジェクトである。