<地域の文脈を受け継ぐ住宅>
国宝犬山城で知られる愛知県犬山市、城下町地区の南に位置する木曽街道近くの田圃のなかに建つ住宅です。
建築士でもあるクライアントは、「この田園風景に調和しながら歴史のある地域の魅力を際立たせるような建築、表現としては奇を衒うことなく控え目な佇まい、しかし他にはない現代的な住宅」を望まれました。
以前、計画地に近い犬山城下町地区の伝統的建造物群保存対策調査に参画した経験から、建設時期が古い町家ほど軒や階高が低いものが多く「ばんこ2階」と呼ばれる建ちの低い建築断面や、土間のあるプランと共に往時の暮らしを感じさせるスケールの小さい建築に興味を抱いたことが思い出されました。一方、計画地付近は、同じ犬山でも城下町地区の町家、街道筋の建築形態から、戸建住宅の田園風景へと変化する地区となっています。現在は頼るべき古い町並も減少していますが、周辺の建築は桁行き東西方向、切妻で平入り形式の建築が比較的多く、また中世から人々の生活の記録が残るこの地には、かつて茅葺き屋根の建築景観が広がっていたと考えられます。
計画では、住まいへの要望と地域の状況から、古い建築の外観や平面形式をそのまま表現せずとも、土地の文脈を感じさせてくれる要素を抽出し、現代のライフスタイルに抽象化して重ねあわせた住宅の構成を考えました。
建築は、水平に広がる田圃の中にポツンと浮かぶようなイメージで、桁行を東西、切妻平入り形式で古建築のスケールに近い軒高を骨格として設定しました。さらに外観のヴォリュームを抑える(北側耕作地へ影を落とさない配慮にもなる)、遠景の山並みにも調和する、内部空間の断面計画などから、屋根形状は急・緩勾配からなる「切妻の折れ屋根」に至りました。屋根フォルムは、伝統的な茅葺(急勾配)と現代の金属葺(緩勾配)の連なりによって時代をつないでいるようにも見えます。外装については、時とともに表情を変えるレッドシダー縦羽目板張りとし、木板の退色によって金属屋根のシルバーグレー色にも馴染みながら、ゆっくりと風景が醸成されます。
外部の表現は抑制しながら、内部については東西に伸びやかな一体的な居住空間(奥行き約13m)をつくる計画としています。エントランスからリビング・ダイニング・キッチンまで屋根型を連続させた空間を南側に、北側には水回りや寝室(個室)を、そして各室をつなぐ動線部分に長さ10mの壁面収納を集約させる平面構成としました。
収納を個室内に設けず、動線部に集約した壁面収納については、家族で共有する意味を込めて「コモンシェルフ」と名付けました。収納を集約して配置することで、収納効率が高まるだけでなく、各室の用途やライフステージの変化にもフレキシブルに対応可能となります。またコモンシェルフに沿う動線空間は、LDKの一体空間の一部にあって、住宅内に路地的な小さなスケール感を生み出し、さらにコモンシェルフ東西の両端部に窓を設けることで、移動の度に季節ごとに変化する田園風景を目にし、住宅内部を散策しているような印象をつくり出します。
そのほか住宅の南東部(エントランスと個室)のコンクリート土間室(土壌蓄熱式輻射床暖房)は、「土間」という地域の建築的な文脈を感じさせる表現のみならず、外部のイメージが室内にも広がる半屋外のような視覚効果、またリビングと一体化した居室の延長としても多目的な利用ができ、空間的・機能的にフレキシブルな運用を可能にする要素となっています。
また敷地の南側に設けた庭は、以前水田であった土地の記憶を受け継ぐランドスケープとし、水平に広がる芝張りが敷地外の田圃へと連なる風景をつくりだしています。
この地の文化や風景、時間の堆積が感じられる建築要素を盛り込み、シンプルな平面構成で変化に富んだ空間を内包し、周辺環境と調和を図りながらも固有の存在感を示す、そんな小さな住宅を考えました。